口吸い・接吻・口づけ・キスの歴史


人間はなぜキスをするのだろうか

数多い動物の中にはキスのような動作をする動物も多々いますが、それでも鼻と鼻をちょっとだけ挨拶(?)程度に短時間触れ合うだけです。
人間に近い霊長類の猿やチンパンジー、ゴリラ等もキスの真似事のような動作を短時間することがたまにありますが、人間様(=ホモサピエンス)が行うキスに比べたら実に素っ気ないものです。
強いて言うならば、人間に一番近いといわれる霊長類のボノボが、時に人間と同じように正面から抱き合ってキスをしたり、正面から抱き合って性行為をしたりすることがありますが、 どこか事務的で、ホモサピエンスが行うような相手に対する強い愛情表現や、性愛的動作は、あまり感じられないような気がします。

 

人間の接吻は大きく次の三つに分類されるそうだ。

   1.習慣接吻
   2.愛情接吻
   3.性愛接吻

母親の子供へのキス、欧米などで行われている家族や親しい人同士で挨拶としてするキス、特定の民族だけに見られる儀式的なもの、知り合った男女が交わす愛情表現のキスから、 さらに性行為の一部として行われるキス等、軽いものから濃厚なもの、さらに分類しにくい中間的なもの等もあります。
南米やタヒチなど、世界にはキスをしない人々が沢山いるのだとか。かわりに鼻をこすり合わせたり、相手の手足で自分の顔を叩いたりして愛情を表現するそうだ。
拙者の経験でも、会社勤めしている時インド人のSEを契約社員として雇った折、初対面の挨拶で床に両手を着け靴にキスをされた経験があります。
これも、民族の持つ儀式の習慣的接吻であろうか。


愛情表現についての生物学や生態学的な研究は、実は昔からあるようですが、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは、ある論文の中で「キスが人類の本能的な行動ではなく、 特定の文化圏で学習されるものであること」を説明しているそうです。
進化論の原書など読んだこともないので、どのような意味で書かれているのか知りませんが、これには進化論の大御所ダーウィンに、浅学身でたてつくのも恐れ多いですが、反論もあります。
挨拶としての儀式的なものは当然その通りですが、性的なものはホモサピエンスが霊長類から進化した過程で身体の動物学的変化で徐々に、しかし、必然的に取り入れた遺伝的行動ではないかと思うからである。

ホモサピエンスはアフリカに於いて、気候の乾燥化、森林の後退、森から草原への進出、2足歩行、手の発達、直立歩行による骨盤の前傾化と性器の前面突出、乳房の前面突出、口による直接摂食及び攻撃の必要性後退による顔の平面化、 等により動物の本能的行動、性交は、後(いわゆる Doggy Style)から前へ変化の起き、手でお互いに向き合って抱擁しながら行うようになった。
この時、当然、顔と顔・唇と唇が向き合うポジッションであるから、唇をくっ付け合っても当然で、何百万年も経てば、その形質は遺伝子に反映され、その種の本能的行動になるのは当然の帰結であろう。
又、ホモサピエンスは他の動物に見られる発情期だけのセックスから、女性における発情の隠蔽化による常時セックス可能化が起こり、しかも脳の発達もあり他の動物に見られない「生殖の性」から「快楽の性」を 楽しむようになった。
この身体の動物学的変化が、体毛の後退も手伝って、性行為中直接触れ合える女性の乳房や、男女の唇は性的刺激を受ける性感帯としても強く発達したのである。
話はいささか難とうなり申したが、このように性の交わりは本能的行動で、ホモサピエンスはこれを必然的に取り入れた遺伝的行動のキスも、性の交わりの延長の行動で本能的と云うのが拙者が論理である。
諸君! ホモサピエンスだけに与えられた進化の知恵、大いに楽しみ給え。

日本でのキスの歴史

「キス」という言葉が入ってきたのは明治以降であり、それが「接吻」と和訳されたのが明治20年(1887年)の頃だそうだ。 日本ではキスに当たる言葉に「口吸い」がありましたが、現在行われている挨拶などの軽いキス、信愛の情を表して手にするキス、おでこやほっぺにするキス、 唇を合わせる以外のキスなど広い意味の唇を接触させる動作を表すのに適していないので、 新語「接吻」が使われるようになりました。その後「口づけ」も使われました。「口吸い」は唇を合わせ舌を使って行われる性愛性の強い動作に使われていましたので西洋の文献などの翻訳に適しなかったようです。文明開化を迎える以前も以後も、挨拶としてのキスは一般的に日本では無かったようだ。
ただし、性行為としてのキスは、文献に残る以前の太古の時代からあったのは想像に難くないですが、はっきりと文献に残る分でも、平安時代ごろからあり、当時は「口吸い(くちすい)」と呼ばれていた。
今では英語の「キス」が日本語のように使われ、日本語の「口づけ」は使われても、「口吸い」や「接吻」はあまり使われません。砕けた言い方に「チュウ」などと云うものもあります。
日本語にはこのように、「キス」を表す言葉に古語、漢語、大和言葉、外国語(英語)、擬声語などがあり微妙にニュアンスの違いがあり、必要に応じて使い分けているようです。

”おさしみの前に土手をば一寸撫で”
という川柳があるが、江戸時代の遊郭では「おさしみ」とも言ったそうです。又、口吸いのことを、口と口を重ねて繋いだ「呂」の字を書いて、くちくちと呼んだりしたそうだ。
「おさしみ」も分かる気がしますが、若草萌えたつ土手(?)の散策も当時は和服であったから、労せず楽しめ、土筆(つくし)の芽(?)にもお目にかかれたはずです。
拙者もここで隠語の「鮑」を使って一句、
”今宵の宴おさしみの後に鮑も食べ”

日本初めてのキスシーンが登場する映画

佐々木康監督の『はたちの青春』が1946年5月23日封切りされました。ちなみに、日本ではこれを記念に、この日を「キスの日」と呼んでいるそうだ。
当時、映画製作もGHQの検閲下にあり、元の脚本は「抱擁」だけの設定だったが、GHQの検閲を受けて「キス」場面を入れることに変更したそうです。
戦前の日本ではきわどいシーン等があると、発禁・上映禁止になることが常であったが、逆にGHQの検閲では、実際若い男女の愛の場面で「抱擁」だけというのは不自然で、 「キス」が有って然るべきという変更要求あったのだったとか。
作品自体はありふれた内容だったようだが、主演の大坂史郎と幾野道子の、ほんのわずかだが唇を合わせたシーン、それを見たさに映画館は連日満員になったそうだ。


古書に見る「口吸い」

前に紹介した「日本初めてのキスシーンが登場する映画」が戦後の1946年に封切りされ、日本の多数の善男善女がこれを楽しみ、これまで男女が密かに人目に付かない所でこっそりと行っていたキスも、 次第に”日の当たる場所”へも進出して来るようになり、映画などでも多くのキスシーンが見られるようになりまた。
しかし、この映画で初めてキスを知って、日本人がこれを行うようになったわけではなく、古書・浮世絵・春画でも「口吸い」に関する記述や絵画が多く存在しており、人々は充分に知っていたし、行ってもいました。
ただ人前で行うオープンなキスはなかったので、他人のキス場面を見る機会はあまり無かったかも知れません。
ここで、古書に出る「口吸い」に関するものを二三紹介しておきましょう。

<女閨訓>
江木欣々により明治時代に女性により書かれた、女性のための結婚教育啓蒙書であるが、その中の「閨中一般の心得」には;

”乃ち夫の求めに遇はば、時と場合の嫌なく笑顔を以て快く之を迎へ、先ず抱き付き口を吸ひ、舌を吸ふべし。
交合の前と後に口を吸ふは閨房の祝儀にして、前に口を吸ふは我を可愛がりてよと願ふ意にして情を移すなり。
後に口を吸ふは夫の労をねぎらひて感謝の礼を尽くす意味にてあるなり。
抱付き口を吸ふ乍ら夫の前を探り、男根を握りて・・・”

”凡そ男気が逝き精の洩れんとする前には、必ず気管荒々しくなりて、強く抱き締むるものなれば、 其時を良く心得て我も亦力の限り抱き付き下より舌を寄せて夫の口を吸ひ同時に息を詰めて恰も尿を堪ゆるが如くして陰膣の口を引締め、男根を吸ふが如く締るが如く歓待すべし。”
このように、キスで始まりキスで終わること。又、途中でも俗に云う「三点責め」ならぬの女性からの「キス二点責め」の技や、コイタス時のキスなど「舌を使う口吸い」が書かれている。

<母の訓>
乃木静子により明治時代に女性により書かれた、女性のための結婚教育啓蒙書であるが、その中の「閏の御慎の事」には;

”如何に心地好く耐りかね候とも、たわいなき事を云ひ、又は自分より「口を吸ひ」或は取りはづしたる声など出し給ふべからず。”
と書かれており、江戸時代後期の武家の女子に求められていた古風な訓えで(?)、面白いことに「女閨訓」とはすべて反対のことが書かれている。
「母の訓」でダメと書かれていることは、「女閨訓」では進んでしなさいとなっている。ここでは殿御の「口吸い」等、どの様なお求めにも応じるべきだが、自分から求めるのは良くないとしている。「まぐろ」状態が良かったのだろうか。
しかし、「閏の御慎の事」の中に「口吸い」のことが出てくるというのは、逆説的に男女間に一般的に行われいた行為であることの証でもあるような気がします。

<恋の睦言四十八手>
菱川師宣により江戸時代に書かれた艶本であるが、その中の春画「明別(あけのわかれ)」には;

”たまたま忍びきて語り合ふに、はや明方に近づけば、こころならずも褥をいで、なごりを惜しむもことわりにこそ。”
明けの別れとは、一般的に後朝といって共寝した男女が、その翌朝各々の着物を身につけて別れることをいうが、去り行く若衆を背後から抱きしめ、手で振り向かせつつ、口を吸うさまを師宣が描いております。
「たまたま忍びきて」とあるのは、相愛関係のいつもの男女というよりは、若衆がたまたま気まぐれを起こして忍び込んだ夜這いだったかも知れません。女にとって若衆との共寝が余程よかったのか、 時の経つのも忘れて睦み合ううちに明方になってしまったようです。別れの切なさが出ている「口吸い」の図の一枚です。

又、この艶本の中の春画「だき合」には;

”もの心なき稚児若衆は、女といらへするもいやがるもの也。さらなる人には大かた口などすふことおほし。”
二人がだき合って「口吸い」しているそばにお針箱が見えるので、少女は寺か武家屋敷住込みの針妙(裁縫女)のようだ。稚児若衆とはおさない若者のことで色恋に未だ関心がなく、 女とお付き合・やり取りを未だ嫌がり、たいがいは「口吸い」だけでで終わることが多いと書いてある。
逆のケースを見聞きすることが普通で、モーションをかけている女子にそれと無く無視され、やっとのことでキスに持ち込んでも、「キス迄よ」と機先を制してクギを刺され、 更なるステップは断念させられるなどという話は現在でもよく聞くが、この針妙さん色気づくのが早かったようで、江戸時代でも意外と町民の女子は積極的だったようだ。


<風流座敷八景>
江戸時代の浮世絵巨匠の作品である鈴木春信の、「風流座敷八景」から「口吸い」している春画二点を紹介。

     「風流座敷八景 琴柱落雁」              「風流座敷八景 手拭掛帰帆 」
琴の音にひきとゝめけん初かりの あまつそらよりつれておちくる。  真帆かけてうらにより来る舟なれや いるとは見へていつるとはなし。

<歌枕>
最後に、これまた江戸時代の浮世絵巨匠の作品である喜多川歌麿の「歌枕」の中の「茶屋の二階座敷の男女」からの一枚。

当時、現在のようにラブホやモーテルなるものもなく、男女の逢引きなどこっそり愛を交わすのによく茶屋が使われていたそうです。
これは茶屋の二階座敷で逢引きを楽しんでいる最中なのか、女性が男性の顔にてを添え「口吸い」中、男性は薄目を開けて女性を観察しているが女性は目を閉じてウットリとしているのだろうか。

ここで紹介した浮世絵、春画の「口吸い」は皆「愛情接吻」の類の無難なものであるが、実際は大半の春画の「口吸い」は「性愛接吻」で交わり中に行う性技として描かれております。
現在ではキスは必須の前戯であり、男と女の性行為は「初めにキスありき」といってよいが、”江戸時代の口吸いは現代のキスと似て非なるものだった” と云われる所以は男と女が交接しながら口吸いをしている、 すなはち前戯ではなく性行為中に行う性技であり、必ずしも ”口吸い=キス” ではなかったようだ。

今ではありふれた情景

乃木静子夫人は「閏の御慎の事」で、女性は ”如何に心地好く耐りかね候とも、たわいなき事を云ひ、又は自分より「口を吸ひ」或は取りはづしたる声など出し給ふべからず” と説いたのではあるが、 現代の女性には通用しないようで、彼女が若い恋人に軽く「口吸い」している動画を紹介して、この駄文を終わりに致したく候。



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